2024.4.14
「み言葉の戸が開くと光が差し込む」
旧約聖書 詩編119:129~136
春名牧師
聖書を通して神様がご自身のことを教えてくださる事を「啓示」と言い、私たちが聖書を理解することは「啓示的真理」です。その啓示がない限り、私たちは本当の神様の姿が分からないのです。イエス様は神の姿を私たちに示して下さりました。神様の愛と哀れみを表現されたのです。
私たちの心が本当に神様に向かって柔らかに開いている時に「そうか!」と分かる悟りがあります。「御言葉の戸が開くと光が差し、わきまえの無い者に悟りを与えます 130節」という経験です。わきまえの無い者とは他にも、あさはかな者、無学な者、無知な者、愚かなる者、などと訳されていますが、そういう者でも神様に心を開いてそこに光が差し込むと聖書の真理が理解できるのです。私たちもお互いの心の中にそういう経験ができると嬉しいですね。
1 死に打ち勝つ平安
「私はあなた方に平安を残します。私の平安を与えます。私の平安を!わたしは世が与えるのと同じように与えません。あなた方は心を騒がせてはなりません。ひるんではなりません。
ヨハネ14:27」
人は誰でも何かを恐れたり不安を感じます。その恐れは全部同じベクトルを指していて、死へ向くベクトルです。死につながるから人々は恐れるのです。人間に死という現象がある理由を医学では説明できませんが、聖書ははっきりとそれは罪の結果だと言っています。神の御子がこの世に来られ、十字架で私たちの罪の身代わりとなって裁きを受けて死んでくださった。そして3日目に死の力を破って甦られた。こうしてイエス様は罪と死の問題を解決してくださったので私たちはもう死を恐れる必要がないのです。
2 共に歩んで下さる
皆さんは自分の人生を共に歩んで下さっている方を知っています。クリスチャンは一人ぼっちではありません。私たちを絶えず慰め助けて下さるお方、聖霊なるお方が共に歩んで下さっています。幸せと安全を害する可能性がある場合、その行動をストップされることもあります。聖霊は霊的な世界も明日も明後日も将来の事も全て分かって私たちを導いておられます。それに気付いた時、私たちの目は開かれ人生が変わると思いませんか。
3 輝かしい将来の希望
イエス様は最後の晩餐の席で「私は去っていくがあなた方の所に戻ってくる。ヨハネ14:28」と言われました。世の終わりにまた戻ってこられる、キリストの再臨です。「これらのことをあなたがたに話したのは、あなた方が私にあって平安を得る為です。世にあっては苦難があります。しかし、勇気を出しなさい。私は既に世に勝っているから。ヨハネ16:33」
イエス・キリストを信じることは勝利者として最後を迎えられることです。イエス様は最後の晩餐で、多くのメッセージの中から選んで語られたのはこの3つです。私たちが本当に耳を傾け、私たちの心に光が差し込むような悟りを得て欲しいと願われたのです。
この良い知らせを皆さんの愛する家族、友人にも届けましょう。本当に悟りを得て頂けるように祈ってほしいと思います。喜びの知らせを本当に自分の心に受け取る、そういう人たちが増えていくことを願っています。
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