2024.3.24
「あなたの義は永遠・教えはまこと」
旧約聖書 詩編119:137~144
「日本人は古来の仏教や神道を信じるべきだ」とキリスト教を批判する声を聞くことがありますが、日本古来だと信じている宗教も外国からきた宗教なのです。先祖の信仰を大切にするということは、人類の先祖であるアダムとエバが信じた天地創造の神様を信じることではないでしょうか。
私たちは聖書の神様を大切にし、そこの信仰に帰るべきだと思います。
1 神様の言葉は真実である
聖書は神様の言葉であり全てが真実です。聖書の言葉はそれを語られた神様の御性質を反映しています。神様は真実な方ですから、真実な言葉しか語られません。
詩編の作者は周りの人々が神様の言葉を信じないことを嘆き深く悲しんでいます。
イエス・キリストは言われました。「天地は消え去ります。しかし私の言葉は決して消え去ることはありません。」と。聖書の預言はことごとく今日まで成就してきました。聖書の言葉は人を変えるということを、皆さん自身の人生で経験なさっていることです。
2 神の義は永遠である
イエス・キリストは私たちの罪の身代わりとなって十字架で死を遂げて下さりました。こうして人間を悩ませる死の問題、罪責観の問題を解決してくださりました。それだけでなく、3日目に甦り死の問題も打ち破ってくださりました。
「もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中から蘇らせたと信じるならあなたは救われるからです。 ローマ10:9」
義と認められることと救われることとは同じ意味です。
キリストの復活は、死を恐れる人にとって大きな希望で力です。
死にたくない!死は恐ろしい!
しかしキリストの復活を本当に受けとった人は、その恐れから解放されます。
イエス様の救いを受け取った方は、この詩篇の作者と同じように「アーメン」と言えるのです。
この聖書のメッセージを通して私たちがそれを悟るときに、本当の意味で生きることが出来て、永遠に生きることが出来ます。
せっかくいただいたこの命、私たちはその命を信じました。真実であり義そのものであるこのお方が、この悟りが、私たちを導き深いところに届き、神様の豊かな憐みの十字架を更に深く感じる一週間にしませんか。そしてもう一度、イエス・キリストの十字架の贖いが私たちの心に明確に表されることを私は確信しています。
今週は受難週です。心静まる時間を持ちながら過ごしたいと思います。
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