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執筆者の写真はるな

2024.01.28礼拝

2024.1.28

「生ける水を求めて」

新約聖書ヨハネ4:10~18

静観神学生

 

 

イエス様は昼間の暑い時間帯に井戸に水を汲みに来たサマリヤ人女性に話しかけられました。

当時の時代背景として、ユダヤ人はサマリヤ人と付き合うことはなかったので、

彼女は、このユダヤ人はなぜ私に話しかけてくるの?と拒絶している様な反応でした。

イエス様はそんな彼女に話し続けられます。

水が飲めることは私たちにとっては一般常識です。しかし当時は、

井戸まで汲みにいかなければならず、彼女にとっての水は「生ける水」でした。

聖書に書かれている「生ける水」には二つの意味があると言われています。

一つは、救い主イエス様ご自身のこと。

もう一つは、救い主イエス様が与えられる何か、聖霊または啓示です。

 

イエス様は続けて彼女に夫を連れてくるように言われました。

なぜ急にそう言われたのでしょうか?

彼女が人目を避けて水を汲みに来ていた理由は、姦淫の罪があったからです。

「私に夫はいません」と彼女は答えました。

イエス様は彼女の内面に触れようとされたのではないでしょうか。

自分の罪を口に出させることで、心の中で眠っていた良心を呼び覚まされ、

人前では隠し通せた罪と向き合うようにされました。

自分の罪を告白し赦しの十字架を信じます、と口で告白することで

私たちは永遠の命を得ることができます。

 

罪を赦され神に愛されることが当たり前になり、常識になっていないでしょうか。

新鮮さが失われ、慣れてしまうことで自分の罪を隠してしまうような隙が生まれてしまいます。

神様は私たち一人一人の心の内をご存知だからわざわざ言わなくていいじゃないか、と思って

心に浮かんでいるものの、言葉にしていないことはないでしょうか。

イエス様は口に出し、言葉で伝えることを求めておられます。それは罪の告白だけではなく

病気の人に「良くなりたいか?」「どうしてほしいのか?」と聞かれ、

本人から言葉を引き出そうとされました。

このサマリヤ人女性はイエス様と言葉を交わす内にイエス様へのイメージが

ユダヤ人→先生→預言者→キリスト、メシヤと変わっていきました・

より深くイエス様を知り、受け入れていきました。

私たちもこのサマリヤ人女性のようでありたいと思います。

日々イエス様と言葉を交わし、日々イエス様を深く知り、

イエス様が与えてくださる生ける水を当たり前に受け取るのではなく、

「今日も与えてください」とそのように受け取っていきたいと思います。

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